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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1560号 判決 1969年8月29日

昭和三八年(ネ)一、五六〇号事件被控訴人兼同年(ネ)一、八一八号事件控訴人

(第一審原告)

奥泉喜代三

昭和三八年(ネ)一、五六〇号事件控訴人兼同年(ネ)一、八一七号事件被控訴人

(第一審被告)

岡藤商事株式会社

代理人

高瀬太郎

主文

一原判決を次のとおり変更する。

「(一) 第一審被告は第一審原告に対し

1  金三九万三、六五六円及び内金一九万〇、二九〇円に対する昭和三三年四月二日以降、内金九万七、〇〇〇円に対する昭和三五年七月二八日以降各完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

2  三井造船株式会社株式一、〇〇〇株、明治製糖株式五〇〇株、神戸製鋼株式会社株式五〇〇株を引渡せ。

第一審被告の第一審原告に対する右各株式引渡についての強制執行が功を奏しないときは、該部分について三井造船株式会社株式一株につき金八五円明治製糖株式会社株式一株につき金七五円、神戸製鋼株式会社の各割合による金員及びこれに対する右強制執行不奏功の日の翌日から各完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 第一審原告のその余の請求を棄却する。」

二第一審被告の本件控訴を棄却する。

三訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

四この判決は第一審原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一第一審原告が、東京繊維商品取引所及び東京穀物商品取引所の商品仲買人であつた三愛商事株式会社(以下三愛商事という。)に対し、原判決別紙取引委託一覧表記載のとおり、右両取引所における先物売買取引を委託し、その証拠金として原判決別紙預託一覧表記載のとおりの委託証拠金及び証拠金充用有価証券を預託したこと、三愛商事が右取引委託一覧表中売玉の部四口と買玉の部のうち(2)、(10)、(11)の三口の取引(原判決別紙取引明細表中(1)、(2)、(11)、(12)に該当)を委託の趣旨に従つて成立させたこと、第一審被告が昭和三六年六月六日三愛商事を吸収合併して、その権利義務を承継したことはいずれも当事者間に争いがなく、三愛商事が前橋市に出張所、渋川市に連絡所を設置し、その使用人であつた訴外青木仁平、同小井土誠一等によつて同方面の業務を遂行していたことは第一審被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したもののみなす。

二<証拠>を総合すれば、「三愛商事前橋出張所所員の青木仁平及び小井土誠一は、第一審から委託を受けた前記取引委託一覧表の取引のうち人絹糸の買付玉(1)及び(3)ないし(9)につき本店を経由して取引市場において買付ける通例の手続を採らず、所員が自らが相手方となり、取引所の相場価格をもつて取引を成立させ、いわゆる呑行為類似の行為をしたこと、昭和三二年八月七日第一審原告から右買付玉のうち(1)(八月限の人絹糸五枚で原判決別紙取引明細表(3)に該当)の成行による売付(転売)処分の委託を受けた青木仁平は人絹糸の値下りにより、第一審原告の買付玉について売買差損金の生ずることを予知していたので、その際同人に対し、人絹糸の取引によつて生ずる損失を、小豆の取引による利益によつて填補できるようにするから、あらたに証拠金を一〇万ないし二〇万円差し入れて小豆の取引を自分に一任されたいと勧誘し、右同日第一審原告から試みに小豆一、二枚の取引を委託する旨の依頼を受けたが、青木において第一審原告の人絹糸取引による損失填補をいそぐのあまり、同人から委託を受けた右八月限の人絹糸のみならず、委託を受けていないその余の人絹糸の建玉全部(前記取引委託一覧表買玉の部(3)ないし(9))についてその売付処分(前記取引明細表(4)ないし(10)を取引市場を通さず、自ら相手方となつて成立せしめ、小豆については前記当事者間に争いのない右取引明細表(11)、(12)の売並びに買付処分を取引市場において成立せしめたほか、同年八月二〇日右明細表(13)の売付処分を取引市場において成立せしめたこと、ところが右同日三愛商事渋川連絡所において青木から人絹糸の買付玉全部を売却した旨聞知した第一審原告は、同人の委託の趣旨に反する右の措置について青木を難詰し、小豆の取引によりさらに利益をあげるように努めるとの青木の再三の勧誘をも拒絶し、以後三愛商事に対する清算取引の委託を解約する旨を青木に申入れたこと、そこで青木は前記明細表(13)の小豆の売建玉を、同年八月二二日取引市場において買付取引を手仕舞つたが、第一審原告から清算取引を解約する旨の申出を受けていたのにもかかわらずその後も同人から委託を受けたように装い、三愛商事前橋出張所備付の第一審原告の取引口座を利用し、一部については取引市場を通じ、一部については自ら取引の相手方となつて第一審原告名義で前記明細表(14)ないし(33)の取引を成立せしめたこと、昭和三二年一〇月中旬顧客からの報告により前橋出張所における不正行為を探知した三愛商事は事実調査をした結果判明した第一審原告に関する前記明細表中の取引を含むその他の委託者についてのすべての呑行為類似行為による取引につき、―もつともひとり第一審原告に関しては取引内容について同人の承諾を得られないまま―東京繊維商品取引所及び東京穀物商品取引所並びに仲買人協会の指示に基づき、同月一八日及び同年一一月八日の二回にわたり右両取引所に売買の付出をなし、当該の取引税並びに取引所に対する手数料を支払い、該処置につき、監督官庁たる通産省の承認を得たこと」をそれぞれ認めることができる《証拠判断省略》《中略》

三よつて前記取引委託一覧表中買玉のうち、(1)、(3)ないし(9)の入口(前記取引明細表中(3)ないし(10)の買建玉)及び明細表中(13)ないし(10)の各取引の効力が第一審原告に及ぶか否かについて判断する。

(一) 商品取引所法第九四条並びに昭和三二年当時の東京繊維商品取引所受託契約準則第七条は、商品市場における売買取引の委託を受けた商品仲買人が商品市場において売付もしくは買付をしないで自己がその相手方となつて売買成立せしめるいわゆる呑行為を禁止している。ところで前記取引委託一覧表中買玉の部の(1)、(3)ないし(9)の入口(前記取引明細表中ないし(10)の買玉)の取引について、第一審原告の委託を受けた三愛商事の出張所員青木及び小井土が呑行為類似の行為をなしたことはさきに認定したとおりであるところ、もとより右行為は、取引所の仲買人たる三愛商事自らが取引の相手方となつて売買を成立せしめたものではなく、三愛商事の職員が取引の相手方となつて売買を成立せしめた点において商品取引所法第九四条並びに前記準則第七条にいう呑行為と異なるところがあるけれども、右法条が呑行為を禁止しているゆえんののもは、委託者の委託による売買が取引所で行なわれず、仲買人自らが相手方となつて売買を成立せしめるにおいては、取引市場における公正な相場価格の形成を妨げ、ひいては委託者を害するおそれがあり、また仲買人が納税義務者であるところの取引税並びに仲買人が取引所に対して取引数量に応じて納入すべき定率会費の支払を免れる結果となることを抑止しようとするにあるから、本件における前記の呑行為類似行為もまた禁止の対象となることはみやすいところである。しかしながら呑行為及び呑行為類似行為(以下両者を含めて呑行為等という。)がなされた場合における取引税あるいは定率会費の支払免脱から生ずる問題は専ら仲買人と取引所あるいは徴税権者たる国との間に関して生ずる問題であつて、しかもその問題は当時は媒介付出によつて是正される途もなかつたわけではないから、取引税及び定び定率会費の支払が免脱されることから直ちに呑行為等の私法上の効力を否定することは相当でないし、委託者にとつては成立した売買取引が呑行為等によるものであつたとしてもそれが委託の趣旨に沿うものである限り、取引所を通してなされたものか否かは必ずしも重要を関心事ではなく、成立した取引がたまたま呑行為等であつたとの理由で常にその効力を否定されるとすれば、委託の趣旨に従つた取引であつても、それにより委託者が損失を蒙つた場合には、ともすれば委託者は取引成立当時自らの覚知しなかつた呑行為等の事実を主張して取引の効力を否定し、自己の委託の結果に基づき生じた損失の負担を免れ得ることとなりかねず、かくては委託者を不当に利せしむることとなり、却つて公正を害する結果となること必定であるから、委託者の覚知しない呑行為等によつて成立した売買取引は、委託者と仲買人との間においては一応有効に成立し(呑行為類似行為の場合は代理法理の適用による。)、ただ、右が取引所においてなされたとした場合に比し委託者の経済的利益を害することが明らかな場合にのみその効力を否定すべきものと解するのが相当である。ところで本件口頭弁論の全趣旨によれば、前記取引委託一覧表中買玉の部の(1)、(3)ないし(9)の入口(前記取引明細表中(3)ないし(10)の買玉)の取引は、いずれも第一審原告の成行注文であつて、成立した取引の価格は取引所における当時の市場価格によるものであることが認められるから、右各取引が前記呑行為類似行為によつてなされたこと自体によつて第一審原告の経済的利益がそこなわれたものということはできず、それ故三愛商事が右呑行為類似行為による取引を後日取引所に付出したとの前認定の事実を考慮するまでもなく、右各取引は第一審原告に対しその効力を及ぼすものといわなくてはならない。

(二)  しかして前記取引明細表(4)ないし(10)の売建玉についてはさきに認定したように三愛商事の職員青木仁平が第一審原告の人絹糸取引による損失を小豆の取引による利益で填補せんとするに急なるのあまり、第一審原告の委託なくして独断で売付処分をしたものであるから、その処分の効力が第一審原告に及ぶいわれのないことは明らかであるが、かかる場合もとの売買委託契約は第一審原告主張の如く限月の経過により当然解除となるものではなく、買建玉の存する以上、委託者は清算取引の趣旨に従い、期限到来前ならば売付(転売)委託をなすことを得べく(この場合建玉が受託者により既にほしいままに処分された結果、現実に反対売買が不能となるときは委託時の市場価格を基準として損害の有無及びその多寡を定め受託者に損害賠償の請求をなし得るかような委託のない場合にあつては、東京繊維商品取引所の会員たる仲買人らの取扱として限月の納会値段をもつて建玉の手仕舞をなし決済をする慣行であるから、第一審原告が限月までに反対売買の委託をなした事実を認め得る資料のない前記取引明細表(4)ないし(10)の買建玉の手仕舞について単価は当裁判所の東京繊維商品取引所に対する照会の回答によつて明らかである、右明細表(4)ないし(10)の買付玉の限月たる昭和三二年九月の納会日午前一一時の取引所における取引価格(納会値段)たる一万七、八五〇円であるというべく、これが第一審原告の手仕舞処分として同人に効力を及ぼす価格であるといわなければならない。

(三)  次に前記取引明細表(13)の小豆の売建玉は、<証拠>によれば、青木においてさきに認定したように第一審原告から人絹糸の損失を埋め合せるために小豆一、二枚程度の取引を任せる旨委託され、その趣旨に則つて成立させたものであり、その反対売買たる昭和三二年八月二二日の買付処分は、同月二〇日の第一審原告からの清算取引解約の申出により同人の当時の建玉を手仕舞うためになされたことが認められるから、右右売付及び買付の両取引はいずれも第一審原告に対してその効力を生ずるものというべきである。

(四)  最後に前記取引明細表(14)ないし(33)の各売買取引は第一審原告の委託がないのに青木において第一審原告の取引口座を利用してほしいままになしたものであること前認定のとおりであるから、右各取引による損益を第一審原告に帰属せしめるに由ないことは多言を俟たない。

四以上説示したところに従えば、その損益が第一審原告に帰属せしめられるべき売買取引及びその損益金額は別紙損益明細表記載のとおりであつて、第一審原告の得た利益金の合計額は金四万一、七二〇円、その損失は合計金七一万四、三五〇円となり、右利益金から証拠金に振替えられたこと当事者間に争いのない金三万四、九二〇円を第一審原告が既に支払を受けたものとして差引いた残額金六、八〇〇円と、第一審被告が、第一審原告のために青木仁平から三愛商事に差し入れられたことを自認する金一万〇、八〇〇円とを右損失金七一万四、三五〇円から控除した差額金六九万、六、七五〇円が本件売買取引によつて蒙つた第一審原告の損失であるというべく従つて第一審原告は三愛商事に対し右同額の金員を支払うべき義務がある。

しかして第一審原告が三愛商事に対し原判決別紙預託一覧表記載の現金八八万七、〇〇〇円及び各株式を委託証拠金並びに委託証拠金充用証券として三愛商事に預託したことは当事者間に争いがなく、第一審被告が主張する右委託証拠金並びにその充用証券をもつてする第一審原告の三愛商事に対する右債務の弁済の充当は金六九万六、七五〇円の限度において正当であるというべきところ、右金額は第一審原告が三愛商事に預託した委託証拠金八八万七、〇〇〇円をもつて優にまかなえることが明らかである。

ところで商品の清算取引において商品仲買人が委託者から預託を受けた委託証拠金充用証券は委託証拠金とともに委託者の商品仲買人に対する委託取引によつて生ずる債務の担保をなすものであつて、商品仲買人は委託証拠金及びその充用証券を共通の担保として委託者から債務の弁済を受けるまで留保し、もし委託者による債務の弁済がなされないときは証拠金及び充用証券をもつてその弁済に充当し得るものではあるけれども、本来委託証拠金充用証券は現金たるものとして商品仲買人に預託されるものであるとはいえ、その価値は不断に変動するのみならず、委託者は通例現金に比し、特定の証券上に排他的な権利意識を有するものであつて、さればこそ自ら証券を換価することなく証券自体を仲買人に預託するのであるから、委託者の委託取引上の債務の弁済充当に際しては商品仲買人はまず証拠金及びその他の金銭を弁済に充当し、なお不足額のある場合にはじめて証拠金充用証券をもつて弁済に充当するのを適切とし、委託証拠金その他の金銭によつて満足を受け得るにもかかわらず、それをさしおいて証拠金充用証券をもつて債務の弁済に充当することは妥当でなく、従つてかかる措置は結局これを許さないと解するのを相当とし、かく解することこそ最も条理にかなうものであるのみならず委託者の証拠金並びに証拠金充用証券の預託の趣旨にも適用するゆえんであるというべきであり、このことは委託者が、商品仲買人に対し証拠充用証券を預託するに際、仲買人が当該証券を処分することを同意書が差し入れられ、しかも当該証券に裏書または譲渡証書が付せられる実情のもとにおいてもなお別異に解すべきではない。

そうすると三愛商事に対する第一審原告の委託取引上の債務が同人の預託した委託証拠金をもつて優にまかなうことができ、しかも委託証拠金充用証券の売却を正当視し得る特段の事情の認められない本件においては、三愛商事は第一審原告に対し同人の委託証拠金八八万七、〇〇〇円から、同人の委託取引上生じた三愛商事に対する債務金六九万六、七五〇円を控除した残金一九万〇、二五〇円とともに第一審原告から預託を受けた前記各株式を清算取引の終了による決済後遅滞なく返還する義務あるものというべく、併せて右の返還義務を遅滞したことによつて通常生ずべき損害を第一審原告に賠償する義務あるものといわなければならない。《以下省略》(古山宏 川添万夫 右田堯雄)

別紙・損益明細表《省略》

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